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河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

本の感想⑦「アリの街のマリア―北原怜子の生涯」

「アリの街のマリア―北原怜子の生涯」 という本を読みました。

この北原さんという方は心から素晴らしい方だと思う。感服しちゃう人。

北原さんはもともと良家の出身の御嬢さん。20歳かそこらで浅草に転居した際に当時「蟻の町」(低賃金労働者)といわれた東京下町で活動していたとある牧師さんとであう。
牧師に感銘を受けた北原さんは慈善活動を始めるのだけど…
その駆け出し時代に蟻の町の住人からこういうことを言われるシーンがある。

それは北原さんがアリの街の子供たちを修道院クリスマスに呼んで、ご馳走をした時のこと。

「貴女がなさったことは、ただご自分が『アリの街の子供たちに美味しいご馳走を食べさせた』と言う、自己満足でしょう?だから私はクリスチャンが大嫌いなんだ。本当に貴女がアリの街の子らを思うのなら、今日子供たちに食べさせたご馳走を、365日いつでも子供たちが食べられるようにしてあげるのが、本当の慈善では無いですか?貴女のはただの自己満足です」

うん…その通りです。

北原さんがなぜ非難されたかというと、彼女はしょせん蟻の町の住人と本当の意味でつながれなかったのが原因だと思う。

彼女が考えたのはクリスマスにご馳走を子供たちに食べさせてあげたいということだけ。つまり子供たちの「普段」の生活にまで考えが至らなかったわけなんだな。だから叱られちゃった。

北原さんは、これをきっかけにしてか…
自身も蟻の町に住んで街の人と同じ労働者としての生活をする中で慈善活動をするようになる。そうして初めて町の人に受け入れられる。つまり町の人といろんな意味で「一緒」になるってこと。

ただ体の弱い女性に蟻の町の生活は酷であったのであろう。やがて体を壊して倒れてしまう。そして若くして(28歳)でなくなってしまう。こういうのが本当の善行なのだと思う。「してあげた」ではなく「一緒にする」これが大事。

北原さんの本を読んで自分のことを顧みると恥ずかしいね。
自分は確かにスラムのような街に行ったり、ホームレスの方に石鹸を配ったり、障碍者施設に行ったりしている。でもしょせん「行った」だけなんだな。ぜんぜーんだめなわけ。彼らだってなんの助けにもならんとか思っているはずだと思う。

しょせん一時の善行さ。自己満足だったってよくわかる。まぁ自分は「いいこと」をしに行っているわけでないとも考えている。具体的に言うならば「経験」をしに行っているということか。

自分は将来福祉を志しているんだから(一応)そういう経験って役に立つはずだし(たぶん)。と思い込んでいるからこれからも行くつもりなのですけどね。

だから…というか自分は正しいことをしていないんだぜって話。本当の正しさは北原さんのような「一緒」ってことです。

アリの街のマリア―北原怜子の生涯

アリの街のマリア―北原怜子の生涯

 

 

蟻の街の子供たち (聖母文庫)

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