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河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

継続することの大事さ…。ひきこもり系居場所団体に参加しての「経験」。

自分は、とあるひきこもり系居場所団体に参加している。

公共のスペースを借りて、お茶を飲んだり、たまに連れだって近くの公園に遊びに行ったりする団体だ。継続的に少なくとも週一のペースで開かれている。結成からもう5年となるようだ。

参加したのは2年前。一部、主催者の人を手伝ってあれこれやるスタッフになったのが1年前。

なぜ私がそーいう団体に参加しているかとゆーと、自分自身も10代の頃ひきこもりがちだったし、今はまあ…ひきこもりじゃないけどそーいう要素はまだあるかなーと思っているからかなあと。だいたいだけど、月に2,3のペースで参加している。

 

参加している人はひきこもり系の人もいれば、働いている人もいるし…まあ色々である。

 

でだ。俺はある一時期…こーいう活動って意味があるのかなあとか思っていたことがある。

「ただ単にお茶しているだけじゃんか。もっと根本的に世の中を変えないとひきこもりの問題も変わらないのでは?」みたいなことを考えていた。

 

ただ…最近はその考え方を変えている。とゆーのもこういう団体の集まりが継続的に開かれていることに対して、自分は甘い考え方を持っていたか持って言うことだ。

それはだ。「あそこに行けば誰か人に会える」っていう「当たり前」のことが、当たり前じゃなかったりする現実があることを見たりしたりするうちに気付いたことだ。

その「当たり前」って重いよなあって思う。

 

「当たり前」を維持するために主催者はかなり大変な生活をしている。

まあ「当たり前」と一言で言えても、実情は全然そうじゃない。その為に主催者はある程度制約のある生活をしているし、まあそれこそ、何かを維持し継続するだけでもそれは物凄く大変なことなのだ。

 

派手な事だけではなく、地味だけど「あそこに行けば人に会える」を続けていく必要性…言ってみれば、これは「ある種のインフラ」なのかもしれないと思う。

 

ひきこもり系のフリースペースでもこんなにアレこれ内情は大変なのだから、他のことはそれ以上だろう。例えば介護とかさ。或いは食う寝るところに住む所に関わること。

まあ…当たり前を維持するのは大変だなあ。っていう当たり前のことに今頃気づく愚かな私という感じだ…。自分もなにかを「維持」し、継続できるように色々な意味で仲間を見つけて頑張らないと…とか思うわけです。

主催者の負担も少しは減らせるような施策を考えないと…とかもさ。

今日は、とゆー感じです。ではでは。