河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

八紘一宇と世界革命と議会制民主主義。

 

「自己を救ひ、他を済ひ、乃至世界を救済せんと念願するものは、 神勅顕彰に没我精進せよ。「詔ヲ承ケテハ必ズ謹メ」神勅顕彰は即ち世界維新なり、天孫民族捨身の大使命は全く茲にあり。 天業侠弘 皇道宣布といふも、将又八紘一宇といふも、神勅成就の異名なり。」

忠臣杉本中佐の遺書。

 

 

元来「右」には地域性を大事にする観念だけでなく、この世界のあり方そのものを「問う」ような…そういう性質がある。

敢えて名を出すけど、在特、そしてその周りの連中が主張する「国民、市民の権利」は正当なる右派の主張だとは思わない。

信じるモノに対して、体全体でその意義を世界に「問う」これが本当の右派じゃないだろうか。

「世界に問う」と言うのが、本当の右派のあり方だと思う。

今は議会制民主主義の世界ですから「有権者」に向けての言葉が重要視される。だから世界観ではなく、人に対して「利益供与」…のような、そういう言葉を投げかけるのが主流なのだろう。

 

 

左派も本来は「インターナショナル」。

世界一有名な労働歌の歌詞を見れば分かる
「暴虐の鎖 断つ日 旗は血に燃えて
海を隔てつ我等 腕(かいな)結びゆく」

 

 

国家とか、選挙とかそういう小さなことじゃなく、この世界そのものの「人間のあり方」を問う思想だったはずだ。

俺は議会制民主主義のいい側面も知っているから、全てを否定しようなんて思わん。

しかし、有権者優先、有権者の利益を考える今の政治は…有権者ではない人間を苦しめている一面がある。

 

有権者に限らず…俺は「内輪の団結」が嫌いだ。本当の団結なら良い。しかし、団結のために同じ「Tシャツ」をきてみたり…ああいうのがホント嫌い。学校の制服も廃止すればいいと思うくらい。

 

「内輪の団結」をやたらと誇示するような人間は、本当の意味で仲間思いの人間ではない。

だから「有権者」と言う言葉も嫌い。権利なんて誰にでもある。誰だって、モノを言っていい。それを選挙だから「分ける」考え方に俺は違和感を持つ。分けると言うことは内輪で団結して、外を切り捨てる態度だ。

 

「仕方ない」と思うならまだいい…まだわかる…。しかし、「無邪気」に「露骨」にそういう態度を出して、スタイルを誇示するのは人間として恥ずかしいと知ってほしい。

 

 そして、在特を始めとする今の右派は「犯罪○○人は帰れ」と叫ぶ。

 

これこそ「人間を見よう」とは端から見ない態度だ。

主語に日本人、国民…とつけようと「自分たち」しか見ていない態度だ。世界に問うてないぞ、そのモノ言いは。

 

 

左派にも議会での「数合わせ」のために、頑張っている人を犠牲にしたり、党派闘争をやらかしたりと「排除の論理」が時折顔を出す場面もある。

議会制民主主義結構。

 

しかし、それ以外の「世界に問う」と言う視点を右派、左派を自任するなら少しは持ってみたらどうだ?と僕は思う。

 

俺は地元から出ていない一介の福祉職の若造である。

 

そんなに大した人間ではない。今だって、そう、人に褒められることなんてしていないだろう。

しかし志くらいは高く持ちたい。いつかはこの命と言うか、そういうものが役に立つのだと信じたい。その心構えくらいは持っていたいのだ。

 

そしてこの瞬間も自分がしていることが少しは「世界」と繋がっていて、だから自分は無駄な存在じゃないんだと叫びたい。

だからこういうことを書く。万感の思いを込めて。「天皇陛下、万歳」。