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河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

雨とテロ…改題「あんみつとテロ」

出だしから最悪なんだけど、俺は高校時代友だちが一人もいなかった。(小中と大学から今にかけては連絡が取れる仲間がちらほらといるけど)。

なんでかと言うと、中学までの気の置けない仲間が高校にほぼ進学してこなかったとか、なんだろうね…

俺は何かに夢中になると他の人の言葉を無視してしまったり、曲解したりと…ありていに言って「めんどくさい」奴だったんだろう。

まぁ理由はいろいろあったけど、口きく奴はいなかったな。

一人で学校に行き、朝昼は突っ伏し、一人で帰る。

休みの日に中学の頃の奴らに誘われることはなくはなかったけど、横須賀は小さな町だし、高校のやつに中学の奴と遊んでいるのを見られたくなかったんだな、それに中学の頃の奴らに「今何している?」と聞かれたくなかったという意地もあって…まぁ孤立してた。

特に最後の方は学校で全く口をきけない(意志とは関係なく「緘黙?」とか疑うレベルで)非常にね、まぁ木偶の人形状態。

だから少なからず、周りの「ヤンチャ」な人に「カラカワレル」こともあって…まぁ余計心閉ざしたって意味では小人閉居すればってやつだよ…。

そーするとロクなことを考えないわけ。

少なくとも俺は考えた。在るじゃん「学校にテロリストがー」みたいな妄想。

そういうのしてたし、正直、ちょっと攻撃的なことも考えてた(笑)

あの時、ぶっちゃけ一線(正直、世を騒がせる系の政治テロとかは出来なかった・・・でもま赤犬とかはやってたかも、ストレス発散で公園で新聞紙燃やしてたから)を越えなかった(んですよ)のは、親や教師の了解得て、高校中退出来てなおかつ偏差値クソだけど(笑)…一応大学に進学できたからなんだよなあ…と。

だから「逃げ」も時には大事よと言ってみる。けーけんから。

ただね、ぶっちゃけ…あの時の捻くれた部分は今も心の下地としては残ってると思う。精神年齢も3年は絶対幼いだろうし、もっと言えばさ…暗い意味の攻撃性は若干あるかもね(やんないけど)

俺は極端な政治行動(テロ含む)に憧れていた節はある。そーいう意味じゃ今も変わらん(笑)。こんなbot(https://twitter.com/hangyakubot?lang=ja)も作ったし(笑)。

左右のテロリストに会いに行ったり、墓参りもした。

オウム、赤軍派、一部右翼…参拝と言う形なら、朝日平吾、大洗の血盟団磯部浅一、水戸浪士、鼠小僧、雲井竜雄(最後の方レトロ過ぎ)。

まぁでもやんない。

やんないのは「相場」が分かるから。結局さ、出入りしているりべるたんなんて…ネットで検索すりゃあ「過激派の巣」って出るわけじゃん。

あれは「過剰評価」だと俺は思うけど。

いやだって…ネットで検索して住所出るアジトってんなもんあるわけないじゃん。

でもまぁ…政治関係のアレで捕まって20日間別荘(専門用語w)みたいな例や、新聞記事で少し取り上げられる(ほんと少し)事件の関係者が来るレベルの話はあるじゃん。

俺はその程度の話でお腹いっぱいみたいな(笑)そーですよね。

「アレ」をやるとどうなるかの簡易なお手本がそこらにいるし、結局ね、「アレ」の後にも生きてかなきゃならんわけじゃん。その「生活の重さ」ってのも見聞きできるし。

何よりね、社会運動に関心ってゆーのはさ、なんだろう「社会的に弱い人の気持ちが代弁できる心優しい、道徳的に正しい、素晴らしい人…?」みたいなものと、それでしか「自分が表現できない不器用で愛らしい人」とゆーかまぁ…むー音楽性の問題w?みたいな両面あるわけだ(人によってどっちの割合が高いかってのはむろんある)。

俺はまぁそーいうとこに出入りしているから「一人じゃない」みたいな…それは思う。

人間、小人閉居すると独善に陥り、独善はたいてい攻撃的になるってゆー俺の経験からすると、あーいうとこで「相場」を知っとくのは納得の一言です(強調)。

何言いたいかって言うと、ああいうある意味くすんでいて、時代遅れでアナーキーで、掴みどころがなくて、それでも人が集まるとこって大事なんだよって話。

今社会の体勢的にはま逆に行ってる。それは排外主義者の言う「綺麗な日本」とゆー文句だったり、自称まじめな活動家の言う「逮捕されない活動」だったり…。(「まるまるは逮捕されそうだから運動から排除(笑)」)←よく言うぜ、目につく傷つかない程度にいたぶってる癖に

そりゃあ綺麗な方がいいし、逮捕されないほうが絶対いいけど。

でもなあ…ちょいと違うじゃんってのはある。

趣みたいなのってある。そこに行けるから、居られるから「本当の意味でバカしない」ってゆー保険はある。ソレ一つとっても社会に片隅にそーゆーの残してほしい。

こないだ「パズル」だっけ。人殺しのどいなかさいたまの自称ギャング(笑)の記事を読んだ。

俺はあの手の連中を見ると、高校時代の嫌いな奴がなんとなく思い浮かぶから、擁護も同情もしないんだけど(だから「人殺し君」って彼らを頭の中で呼称してる)。

でもな、暴走族とか、なんだろう不良の「悪」ってのもさ、俺がりべに足運ぶような発散であり、共感の行動だとも思う。

だからさー、まぁ人殺しまでいきつくとやったやつも詩を持ってお償いをとか思っちゃうけど…でも「一線までいかなかった」虐め加害者のこーこーせいとか、暴走行為を繰り返して、ある日捕まる塗装業ノ少年(顔見りしに居たなw)くらいはきつく叱った上で一度は見逃してやれよみたいな…のはちょっと思う。

今、少年法も厳罰化の流れじゃん。ああいうのは好かん。

少年だ、若いんだからさ。なんだろ、げた履かせてやれよって。

それはせーじだとドジカルやシールズに参加する大学生をねちねち批判の保守派の「大人」にも言いたいけどね。

また…脈絡もないことを書いてしまったが許してくれたまえよ。

俺はさ、今…例えばだけど「昨日あんみつをいっぱい食べたから元気かなあ」って言う人が明日召されちゃう…みたいなそーいう環境の職場に一応いるんだ。その環境、そろそろつかれてきたんだけど(笑)←メンタルよわwしかもまだ1年でw

でもそれって、まぁ年のせいってあるけど、ひょっとしたら「年」以外の要因もあるかなぁとも少し思う。

だから、悔いのないように。あーしておけばよかった、してあげたらよかったなんてないように。そして書けること、駆けることは「今」やりたいなって。最近そう思うんだ。

だから許してくれたまえよ。最近毎日、長文を書いてるけども(笑)