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河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

「感動ポルノ批判」への批判(ややこしい…)

今、「感動ポルノ」への批判が巷で話題になっているらしい。
 
wikiによると…
 
この言葉は、障害者が障害を持っているというだけで、あるいは持っていることを含みにして、「感動をもらった、励まされた」と言われる場面を表している
という…事らしい。
 
具体的に言うと24時間テレビとゆー番組でダウン症の子にダンスさせたり、山登らせたり…というのを放送することが「感動ポルノ」に当たるらしい。
 正直、24時間テレビそのものへの批判にはうなずけるものがあるなと。
 
その理由としては…
 
①24時間テレビは「チャリティー番組」のくせに、出演芸能人はギャラをもらってること。
 
②そもそもチャリティなのにCMで莫大な広告料を得るテレビ局とは何ぞや。
 
③そして障害者への扱いも「本人が一度やると言ったから、やめたくなってもTVで放送する限り無理にでもやらせる」みたいな姿勢が見え隠れするような気がするから…。
 
ただなあ…。と。
じゃあ24時間テレビで障害者を扱うなとは思わん。勿論、そこには番組の「改良」が必要だけど。
感動ポルノは偽善だっていう意見は一理あるのかもしれない。
 
けれども、あの番組以外で、一般の視聴者が大々的に障害者の姿を見る番組はないわけじゃん。(パラリンピックNHKの教育テレビは除く)
 
 
「偽善」な要素があるからと言って「隠す」のは違うと思うんだ。
 
 
そもそも今の日本社会で「『障害者を感動の題材』として扱うのは「偽善」だー!」という声は…それを扱うメディアや人権派への批判の文脈があると思う。
 
要するに左派リベラルが障害者を始めとした「マイノリティ」を「利用」することへの「批判」なわけだ。
 
そして「批判する側」は、左派リベが「マイノリティの○○さんが苦しんでいるのは国や保守派やファシストが悪いー」と叫ぶことを「利用」と判断して、「一般的国民(とやら)」に批判されていると言う構図にしたいわけだと…自分は解釈している。
 
俺はさ、正直さ…。
そういう一面が左派リベ、左翼に全くないかと言えば…そんな事もないだろうと思う。「利用」した側面はあった。
 
反政権、反保守派の言説を補強するために「マイノリティの人権」という伝家の宝刀を使用しちゃった事実は確かにある。
 
ただなあって…。
「左派リベは障害者を利用するな!」という保守系の意見も、窺って見れば、それはそれで自説を補強するために「障害者の人権」を利用しているんじゃねえかなと思う。
 
どっちもどっちだよって俺は言いたい。
 
もしかしたらどっちもどっちですらないかも。
 
左派リベは確かに「利用」した側面があるけど、その「利用」の結果、差別に反対する基本法が国会で作成されたり、左派リベ系統の人が社会福祉法人を作ったケースも多い。
 
具体的にいえば、古い障害者の作業所の運営者の多くは学生運動上がりのケースが少なくないってのは界隈じゃ有名な話。
 
一方で「保守派」なにしたのかと。
 
特にネットで鬱憤晴らしで、左派リベ批判をするだけの人たちはなんか、障害福祉に貢献することをやってんのか。具体的に言えばお外に出てくるネトウヨ在特会」とか、なんとか会がなんか、そーゆーのに貢献したって話は全く聞かないなあ…。
 
ってさ、思うんだ。
 
俺が何言いたいかって言うと、「利用するな」って声も「利用なんだ」って話。自分だけ「偽善の無菌状態」にいることはできないんだよと。
 
だから、よく言う「やらない善より、やる偽善」って言葉は一理あると思うけどね。