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河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

社会運動と「界隈」と不自由さ

カネがない、働くことがつらい「そういうありのまま」ことをそのまま訴えればいいのに…。

どうして「社会運動のスタイルを踏襲」してんのかって思う。不自由だ。

左派ならば、今はやりのアンティファ。
スペインと何とも関係ないはずなのに、スペイン内戦の標語なんかがぼんぼん出てきたり、もう少し古いとなんというか「運動」って感じの旗やシュプレヒコール(○○するぞー団結―みたいな)。

なぜか急に社会学っぽい横文字を多用するのな。

右派ならば…そーだな、俺はそもそも「在日特権」とやらがあるかは非常に怪しいもんだと思うがな。

が、仮にそういうのがあったとして、それならそれで役所と政治家と総連と民団にいけばいいじゃねーか。地味に交渉、ロビー活動、行政文書公開を求めればいい。

にも拘らず、在特の奴らは「本職」と変わらず、旭日旗持ち出したり、ネタじゃなくてマジで街頭で軍歌を歌ったりするからな。

ああいうのなんなんだろう。

俺は今、踏襲とか真似をしている人を「バカ」なんてゆーつもりはない。

多分、はやりにしろ古いにしろ、既存のスタイルみたいなのを踏襲しないと、そういう文脈でしか「俺は社会にこう訴えたい」と叫べねー世の中なんだろう。

悪いのはそーゆー不自由な世の中なんだろう。

我流のやり方じゃ、言葉を伝える術もなく、人を集める手練手管もないんだろう。

スタイル、人脈、広報のやり方。既存に乗っかって、始めてやっと人の興味を引き付けられるんだろうよ。

しかしそーゆーことをすると専門用語が増える。左派なら社会学的な横文字。右派ならば唐突な皇紀表記とかな。

結局、「界隈」の人になっちまう。

「あ、せいじの人ですか―いきしたかいですねー。」みたいな感じ(笑)

俺には想像つかないけど、スポーツの応援団やバンドマンやヲタだって趣味を超えてそれ相応の苦労とゆーか、悲壮感があるんだろう。いわゆる文化系の人たち。

好きでやってるだけじゃない。好きで好きで辛い。

モーニングで連載されたコスプレを題材とした「コンプレックス・エイジ」とゆー漫画に「好きは呪いだ、苦しくてとても心地よい」とゆー名言があったけど分かるかも。

好きでやるってこともつらい。

政治は本来、文化系の事よりもっと広範なテーマなはず。

ま、どっちが大事とかそんな野暮な事もほんらいねえはずだけど。

でも、本来は「せまい界隈」でとどめてはいけないことだと思う。

しかし現実は「界隈どまり」だと思う。

俺、同じ人ばっか見るぜ。駅前で。

界隈じゃ界隈で受けても広がっていかない。

万の数を集めても、近所の人は「皆行ったよ、みんな知ってるよ」の世界にはとてもならない。

海外の民衆革命やらなんやらはとてもとてもこの国じゃ実現しないんだろう。それがいいのかわるいのか。

よくわからないが、でも息苦しい。
誰が悪いんだろう、誰も悪くないかもな。

そして俺だって意識したりしなかったりで、誰かを踏襲してるんだし。

その辺、界隈の心地よさ、そして界隈が界隈でしかない息苦しさ。

右派左派新旧関わらずな。全般に対してそう思う。

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