河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

軍港の歴史を売り物にしていいのか?って話。

語彙がないんで…またネトウヨの話するけど…。

ネトウヨ系界隈が「自衛隊さんありがとう!日の丸行進IN横須賀」ってのをさ、たびたび横須賀でやってる。

ヴェル二ー公園から、横須賀中央までだっけ?日の丸掲げて「自衛隊ありがとうと叫ぶデモをやってるよね。100人くらいで。

で、終わるとみんなで記念館三笠に行って「日露戦争の頃の日本軍はカッコいいぞ」とか言い合って、三笠公園東郷平八郎像の記念撮影して帰るんですよね。

そーゆー話を、デモの元参加者から聞いた。ま、だいたいそうなんでしょう。

ところで、このデモの常連参加者の高木脩平君と山本正治さんってのがいてさ、高木ってのが26位のちょん髷はやしたなんかよくわからん奴。山本ってのがさ、横浜の南の方(確か)に住んでいるひょこひょこした背の小さなおじさま。

この二人の共通点はさ、横須賀で「自衛隊感謝」を叫んだその口でさ、次の週は銀座やらどこかで「朝鮮人は日本社会で義務を果たしてないから帰れー」みたいなデモに参加するのな。

いやー悪い奴だよな(汗)。この二人、器量も狭いっての共通してる。

俺は両方直接会って、話ししたこと有るからさ。知ってんの。その辺のことは。実体験よ(笑)

ま、それは一旦置いとく。後で触れるけどね。

さて我が町横須賀。

ネトウヨに限らず「横須賀の基地を観光開発に活用しよう!」って機運は街中にあふれている。

町ぐるみで観光開発に必死だ。横須賀港を巡る遊覧船を運行したり、「戦艦陸奥」の主峰を臨海公園においたり…。それ系統の(はいふり)といゆーミリタリー系アニメもこの間までやってて「聖地巡礼」とやらで観光客も以前より来るようになった。市当局も商店街も青年会も実に頑張ってる。

いいことだ。市民としても歓迎したい。街に人が増えることはいいことだもん。

でもさ、なんか気にいらねーとも思う。ここからが本題。

思うけどね、確かにね…自衛隊や米軍は横須賀の誇りだし、アイデンティティなんだと思う。

でもさ、兵隊さんだって人間で…悪いことと言うか、なんとゆーか、「人臭いこと」ってのかな。も、やるわけじゃん。

例えば横須賀の小さな公園に「無縁塔」ってゆー小さな慰霊碑がある(写真添付してある)

この慰霊碑は…今で言うセックスワーカーの人の慰霊碑だ。遊女、女郎と呼ばれていた人たち。

横須賀には柏木田遊郭という元色街(昭和中期には住宅地)ってのがあった。戦前は特に栄えていたそうだ。

山口瞳という作家がいる。その山口瞳の母に当たる人はこの柏木田遊郭にある妓楼の経営者の娘だったそう。

だから、山口は自身のルーツを尋ねるべく、横須賀の歴史、柏木田の歴史を調べてそれを一つのエッセイ作品としてまとめあげた。「血族」と言う作品だ。だいたい取材した年代は昭和40年くらいだったと思う。俺も一度、図書館で借りて読んでいる。

その「血族」にはこんな一節がある。長いけど引用する。

「祟りなんですよ」
町の人が言った。
「たたり……?」
「絶えてしまうんです。この町の、柏木田遊廓の人は、一人も残っていません」
「どうしてですか?」
「さあ、どうしてでしょうかね。なにしろね、女郎が病気をしますと、地下に座敷牢があって、そこへ入れて、何にも食べさせずに、もちろん、医者にも見せないんです。体に蛆が湧いてくるんです。それで、死んでしまうと、夜中に捨てに行くんですからんね」
「どこでも、そうでしたか?」
「地下の座敷牢は、どの店にもあったそうです。まあミセシメってこともあるんでしょうけれど……。そんなふうですからね。子孫が無事でいるわけがないんです。祟りがありましてね。だから、その家も、絶えてしまったんですね」

 

 

この話はさ、割と俺の中では納得のいく話なんだ。

とゆーのもさ、いまだに平成のこの時代においても、柏木田って…住宅地の真ん中にあるのにもかかわらず、なぜか…古い家がないんだよな。倉庫とスーパーと駐車場しかない。今は新築の家も建ってるけど(記憶の風化?)。

なんだろう。なんか変な場所なんだ。路も異様に広いし。

なにかあるから、妓楼跡地は戦後長らく、土地の買い手がなかなかつかなかったのでは?って思う。

俺が言いたいことはさ、旧海軍や自衛隊に感謝してもいい。基地の歴史で観光開発をしてもいい。

でもよ、それだけじゃ「フェアじゃないよ」って思う。

基地には暗い歴史がある。兵隊の性のはけ口の相手をして働いた女性の中には、悲惨な死に方をした人も多い。

横須賀と似たような街に呉市がある。

ここも今も昔も軍港の街だ。
呉を舞台にした「この世界の片隅に」(作:こうの史代)という漫画がある。名作との呼び声高く、アニメ化されて話題になってるらしいね。

作中に呉の色街が出てくる。主人公はその街でテルちゃんという遊女と知り合う。

テルちゃんは妓楼「二葉館」の遊女。若い水兵の心中の道連れにされ、入水して体調を崩してしまう。

なかなか、あの作品は多様な面から軍港、基地の街を描いた作品だなって感じる。

実際、馴染みの遊女を心中の道ずれにする兵隊はいたんだよな。

俺は兵隊が人がみんな人でなしとは思わない。男と女の話ってのもいろいろあるのかもしれない。一概には言えない。

でもさ、なんだろう…。

んー、結局、軍港の街、基地の街を観光する人は「そういう歴史もあった」ってことを知らない。

基地の街に住む人、行政当局や商店街の人もそういうことは言わない。

さっき書いた「無縁塔」もどこのパンフレットにも載ってない。

基地を特集する雑誌やマニア向けの単行本の中に山口瞳の「血族」を参考図書にした例も聞いたことがない。

これは可笑しいと思う。さっき書いたネトウヨのデモ、高木とか山本とか言うチンポが小さいクソ野郎(顕微鏡レベル)と横須賀市当局、そして俺ら軍港の歴史をネタに観光開発にいそしむ横須賀市民はなにが一体、違うの?って思う。

自衛隊、あるいは旧海軍の事務処理を受け継いだ厚生労働省が、基地の街のセックスワーカー、男ならお世話になる職の人にさ何かやってあげたの?「無縁塔」にお香典(って書き方が正しいかわかんないけど)を出したの?って思う。

出してないんだよね。結局。

綺麗で勇ましい歴史は観光開発、暗い歴史は封じ込めましょうってのが最近の、いや…恐らく昔からのこの街の歴史。

そういえば、京急線の県立大学駅はもともと安浦駅って言ったんだ。なんで急に駅名が変ったんだろう?

表向きは大学が新設されたので駅名を変えました…になってるけど
多分、安浦ってのも昔の色街の地名だったから、その色街の歴史を消すために「安浦」の駅名をけしたんだろうと考える。

俺はそういう街で生きている。

なんかさ、嫌になるよね。もう少ししたら引っ越すか(逃亡宣言(笑))

俺は軍人を責めているわけでもない。遊女を憐れんでいるわけでもない。そんな資格もない。

色々あったんだと思うんだ。だ

でもさ、少しはさその色々をもっと知るべきじゃないのかって話をしてるんだ。色々ってのがさ、明と暗、グレー、夜明け前の群青。そういうのこそ「歴史」「文化」なのではないのかい?って思うんだ。

群青の風景を知らずして、歴史を語っていいのか。

俺はそれを書きたかった。だから記事をまた書いてみたのだ。