河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

「アナキストと窮民革命論と #路上飲み会 とオルタナティブ運動と右翼となんちゃらと。」 

アナキスト窮民革命論と路上飲み会とオルタナティブ運動と右翼となんちゃらと。」
 
みたいなことを書いてみる…。あくまで俺が「認識している」範疇のことを紹介しようと思う。
 
マルクス主義のスローガンは「万国の労働者よ団結せよ」。
革命の主体たりえる者は「労働者階級」とされてきた。
 
ここで言う労働者は工場や炭鉱で働く労働者で、このタイプの労働者は長期雇用系の人が多く、往々にして組織化(組合勧誘)しやすい。「組織化された労働者」ってやつ。
 
が…社会にはこのタイプ以外の人もいる。
 
例えば日雇労働者、路上生活者、ひきこもり、風俗関係者、路上のアーティスト(原宿とかで詩集を売ってる系の)…。
 
これらの人をマルクスは「ルンペンプロレタリアート」と定義して、「移ろいやすく、組織化できず、ゆえに革命の主体にはなれない奴ら」とまぁ蔑んでいたわけだ。
 
ところが、こういう人こそ「社会変革の主体」になりうるとゆー考え方も存在した。
 
ミハイル・バクーニンらを始めとしたアナキスト、一国社会主義ではなく、世界革命を目指す新左翼が唱えた「窮民革命論」を唱えた人たち。
 
さて、日本においては60年代以降の高度成長期に「組織化された労働者」がある程度豊かになった現実がある。
 
そしてその労働者のもつ1票を背景に共産党社会党といったいわば「既成左翼」は党を拡大、温存していた。資本主義国家でそれなりにうまく立ち回れる左翼像というのがここに誕生したわけだ。それは…まぁ「多数」から見れば悪いことではないと思う。
 
が…日本社会が高度成長期に入っても、その恩恵を受けることが出来ない人たちがいた。
 
山谷や寿町で暮らす日雇労働者は社会が豊かになっても、雇用の調整弁として使われ続けるばかり。ドヤで生活できず、路上生活をせざる負えなくなったりもする。
 
その日雇労働者のような立場のような人に目を向けたのが、いわゆる新左翼の一派。
 
マルクスの言う「労働者」の定義から外れた人に目を向けようっていうのが、いわゆる窮民革命論
 
で、こういう考え方に影響を受けつつ「自分たちだって、似たような立場じゃないか」と思った若者が90年代後半から、00年代にかけて現れた。
 
フリーター、ひきこもり…その手を自認する若者は「組織化された労働者」ではない。
 
その自認から出発した人がこんなことを始めた。
 
例えば…(wiki引用↓)
「普通の人のように働かない(働けない)」、「恋愛しない(できない)」、「家族をもたない(もてない)」といった者たちが、その「だめ」とされる有り様を否定的に捉えるのではなくそのような社会のプレッシャーを問題とし、自由に生きていこうとして誕生したオルタナティブな「生き方模索集団」。また、労働と消費を奨励するような資本主義の価値観に対して「それよりも楽しいこと、創造的なことは沢山ある」とアンチテーゼとオルタナティブを唱えている。
 
この手のことを始めた「だめ連」(俺は中央線系左翼と呼んでる)の人たち。
 
そしてだめ連系の人たちの「創造的なこと」とやらの一つが「誰かと楽しく出会おう」とゆーことだったと思う。
 
この出会う手段として「路上飲み会」がある。
 
この「路上飲み会」のスタイルが色々な人を経由して、俺に伝わって、だからやってるわけで…なので左翼の人の影響を俺も受けてるのかなあって。
 
ただそれだけでもないけども。
 
俺が今、理想としているのは「革命」ではないない。具体的に言うと「一揆」や「蜂起」なんだよな。
 
俺は革命ってのは結局、政治運動にすぎないと言う確信がある。政治運動なんざ、権力闘争にすぎない。
 
しかし蜂起や一揆は「もう黙ってられない」「生きさせろ」という弱者の叫び、いうならば「情念」が引き起こす事件だ。
 
そう俺は認識してるわけ。
 
例えば…近代日本で行われた「蜂起」の代表例が秩父事件
 
この秩父事件は資本主義が、秩父の農村共同体をぶち壊そうとした時に立ち上がった秩父の人たちが行った「蜂起」だ。
 
この一揆は当時最先端の思想である自由主義の影響を受けたという側面もあったんだろうけど、同時に古い共同体を守ろうという要素もあったと思う。現に秩父では名主や商屋の出の人がイニシアチブを取った一面もあった。
 
農村共同体、古い社会的なつながりが行きすぎた資本主義を拒む事例、ロシアだとナロード二キ運動があった。
 
日本版ナロードニキ運動が秩父事件だったと言えるのではないだろうか。
 
そして秩父事件は右か左かといったら、左の要素も無論多いが、決起集合地が神社であったり、農村共同体を守ろうと言う意味では「右」の要素もあったと思う。
 
そいえば「226事件」も昭和恐慌で疲弊した東北の農民有志の蜂起を青年将校率いる連隊が護衛して、東京のお偉いさんのもとまで「送ろう」という計画があったと言う。前史の515事件でも茨城の農民決起隊が立ちあがっているし。
 
515事件の農民決起隊に深くかかわった思想家橘孝三郎はこんなことを言っている。
 
世の中は物質文明に走り、都会中心の為め農村が疲弊して居るのであるから、農民が立つて其中心地なる帝都を襲撃するのだと云ふことを世人に知らせる必要があり、夫れには不夜城を誇る帝都を二、三時間暗黒にし、帝都の人心を混乱状態に陥れるのが一番効果的で而も損害が少ないと考へました。
 
これらも「情念の世界」といえるのではないだろうか?
 
一揆には「情念」ってのがある。この情念ってのは日本の「右」がもちうる唯一のよい要素だとも思う。
 
そして情念の発露こそ、ある意味…人間が人間らしい瞬間だと思う。
 
俺が路上で騒ぐ深夜ってのはさ、割と昼間より人が人らしいってか、人がさ、昼間みたいに組織化して働かずにうろうろ歩きまわる時間。情念の時間と解してもいい。
 
この情念の時間こそ「何か」が起こるんじゃないか。そして俺の行動がいつか「何か」に火をつけるんじゃないだろうか。
 
そーゆー意味ではすげー期待があんのね。ここにさ、多くの人がよからぬと思ったとしても俺は、少なくとも俺は一隅の火種を見出すことが出来ている。
 
だからこそ、ってのもあるかもしれないな。
無論、楽しいからってのが一番だけどさ。
 
結局、アレだ…理屈付けねーと何もできねーのな俺、また長い文章を書いてしまった。はぁ…。