河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

なつかしい運動?森田童子を聞いて思うこと。

森田童子とか井上陽水とか、あの頃の学生運動に対して「懐かしい思い出だった」「あの頃の君は今何をしているんだろう」みてーな歌を歌っている。

要するに「運動」を過ぎ去った青春、「昔は純粋だったからヤンチャ知ったよー」みたいに捉えていて、世間もそういう歌を歓迎して…みたいなムードってのがこの国にはありました。

60、70年代を懐かしむ的なノリでね。

まぁ…今の運動とやらって在特とか今のトランプみたいなゲスが「あいつはズルをしているから叩け」みたいなもんばかりだから、あんなのは「思い出」にすらなれないと思うわけです。

だからまだ「思い出」として美化されている分、昔の運動ってやつは…よかったのかなって思う。

もっとも60年代以降、世界はこうますます混迷を深め、日本でも貧しい人は貧しいままだったわけで…だから本質的には「運動」をやめて…自分は自分の人生として生きるってのは原理原則に従えば可笑しいのかなあと思う。

そいえば、村上春樹の「ノルウェイの森」でヒロインが「革命革命いうけど、あの人たち数年後はちゃんと会社に入って、娘に凝った名前を付けるのよ…みたいなことを言っていたシーンがあったな。

でもなあ…
そうは言っても…まぁ人の「一生なんてそんなもん」かもしれないな。

年をとって、色々と背負うモノが増えてくると、今まで持っていた社会正義なんて脇に置きたくなるのが人の情の常ってもんなのかも。何とも言えんがなあ。

俺はさ、なんつーか自分は自分でありたいから…できるだけ続けていきたいなって思う。

だから肩肘張らず、今も昔も別に正義とか、運動とかじゃなくてもう別の形がほしい。

そーだなー「寒いねと話しかければ寒いねと答える人のいるあたたかさ」みたいな、つまりこの詩で言えば答える人であり、問う人になりたいなあとも。

だからこう、みんなで鍋を囲もうとか、あと囲んだ経験のない人もこれるような、そーいうムード、雰囲気、伝手、きっかけ…みたいなの作れたら楽しいなーって思うんだけどもな。

しかし昔のフォークソングはいいな、あの時代を知らない俺まで懐かしくなっちまうよ。