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河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

とりまとめのないはなし

個別具体的な状況において、ある事象を正義や悪かを論じるのはこれはまあ…難しい、難しいの一言なんだ。

ただなあ。
原則的になれば、やっぱり飯食えない人に飯を食わす、なるべくたくさんの人と今日この日を乗り越える…そういうもんが「正義」だと思う。

俺は思うのだけど…例えばRPGのゲームみたいな状況があったとする。

ある村に悪い代官がいる。村には重税をかけ、村民の年頃の娘を玩具にしたり、子どもをもてあそんで殺したり…もうそんなテンプレみたいな悪い代官がいたとする。

その悪に対して、村の青年が「これは許せねえ」とお代官様を襲撃して復讐して血祭りにあげて…こういうのは正しいと思う。まるで佐倉宗吾やペロフスカヤの気分だな(笑)。

あとのことは(出来るか難しいけど)自分の村は自分たちで運営するんだって、こう…みんなで話あって明るい良い村を作ればいい。

そういう意味合いにおいては「暴力」とか、肯定されるべきだと思う。すげー前近代的な発想だけど。

まぁ…前も書いたけど…そーゆーつえー悪に対する「暴力」に対して、俺はある程度の共感を覚える。

しかしね、今の「ルール違反はいけない」とゆー大衆の正義感はつえー悪じゃなくて、例えば不法入国のコンビニでバイトしてるよーな外国人や「母子家庭でお金がないです」とNHKに出演したけど、実は1000円のランチを食べていてどーのこーの…みたいな女子校生とか、なんかもうそういう人らに向けられる言葉になってると思う。

んなもん、どーでもいいってか、目くじら立てる対象が「違うだろう」と思う。

でも全員とは言わないけど、この社会のある程度の人はそーゆーもんになっちゃってるわけで…。

そーだから、こー…僕はさ、職場帰りとかにふとそーゆーことを思い出しちゃってさ、家に続く階段の途中につい座り込んで、ありの巣に枝を突っ込んで遊んで、それも一時間位座り込んで…近所の人に不振がられたりしちゃうんだよな。

よ―するに、これと言った解決策ってのも自分の中にあまりなくて、ただただ、胸の中にこぶし大くらいのびりびりしたものを感じて座り込んでいるだけ。

まぁ最近は階段だけじゃなくて、駅前とか繁華街でも座り込んでいるんですけどね。これはまぁうーん、みたいな取りまとめのない話です。