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河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

若者は政治に関わるべきなのだろうか…。

若者は政治に関わるべきなのだろうか…。
難しい問いだと思う。
一概に「参加したほうがいい!」とは言えん。

ところで、俺はノンポリの人間(業界用語(笑))に「○○のデモに参加してよ」「○○の政治的な集会に一緒に行こうよ」って言う勧誘はしないんだ。

勧誘しようがしまいが、来る人間は来るし、来ない奴は来ねえし。

そもそも…。
政治ってのはさ、社会に不満があるからこそ…関わらざる負えないわけでそりゃあ不満のない社会ならそれに越したことはないよね…と思う。もっともそんなユートピアみたいな社会は「ない」と俺は思うのだが。

政治ってのはお金儲けとは違って、政治に関わったことで「どのくらい目標を達成したか」が見えずらい。
客観化したデータを出すのが難しい。

そもそも「政治」って客観視出来ないのね。
極論、人間ってのはある程度生まれ持った「タチ」ってのがある。価値観であれ、倫理観であれ。そして、根本的な価値観が露出してしまう。

例えばジェンダー格差縮小やマイノリティ支援、治安維持、土木工事…みんなお金がかかる。

これに番号付けて、どれが一番早く取り組むこと、どれが二番にとりくむことって「優先順位」「力の入れ方」を決めなきゃいけないわけで…。

そこで「なんでアレが一番じゃないの」みたいなそういうことをお互いどうしても思ってしまう。これが往々にして「人間性」の話にまでなる。だからお互いがお互いを怪物のように思ってしまうことが多々ある。

そこに客観性や公平性、お互いの妥協点を見出すことも難しい。

そして一番の問題は「人間性」の話になると…お互いが、こう…話し合う気持ちすら失うんだな。すると何処までが政治の話で、何処までが個人の「痴情のもつれ」なのか判別するのも難しくなる。

昔、過激派のみなさんが内ゲバをやったのも…政策論争の側面は無論あれど、内実は金銭問題や異性問題が影響していた事実もある。

昔は一緒の方向を向いて頑張っていたのに、あるいは一生に酒を飲みかわす仲だったのに…いつの間にか対立して、殴り合いの内ゲバやったり、訴訟合戦をやったり、お互いがお互いをメディアに告発したり…収拾がつかない。右でも左でも古今東西、あることだ。ヘタしたら、命狙われたり…とんでもない額とられたりするからなあ。

どんな主張でも絶対に火種くらいはあるんだ。こういうのを今の若い人は見ている。そして今も昔もそういうことがあることを知っている。

そういうのを直接は知らんとも何となく感じているから、若者の投票率やデモ参加率低かったりするのかなぁ…と考える。

後一応書いとくけど…。
今、この俺はいけしゃあしゃあと…公平なことを書いてる風を今装ってますが…。俺も客観的な人間じゃないからな。こういうこと言う奴は、こういうことを後回しにする奴は「許せねえ」っておもちまう部分がある。

ただな…。
韓国の今のデモ参加の若者しかり、三里塚の人しかり、被害者の会の人(拉致、カルト、犯罪など)の人が声上げる気持ちはよくわかる。

声上げないと、もう…どうにもならないから声上げているんだ。政治をしたいからじゃなくて、誰かに任せても良く変らないと知っているからこそ、自分が前に出て頑張って以降って思ってるんだと思う。

それこそさっき書いた、リスク覚悟でさ。人のために政治に関わるなんて考えない方がいい、やるなら自分のためした方がいい。勿論、自分自分じゃだれもついてこねーんだろうがよ

だからあなたも…こう、本当に苦しかったら立ち上がったほうがいいし、街頭に出たほうがいい。
ホント、座して死を待つよりもいいですよ。

俺には明確な政治主張はねえ(はず)。
少なくとも人前で言うほどのものはない。

でも…根本的な部分でなんか、違和感があるんだな。
それをぶつけたり、不器用ながら「行動」で、そして「公道」で、表現しているのが昨今の俺のやっていることなんだなあと思う。

俺も正直、怖いんだどね。やらざるおえん。だからやってる。
多分…だけどなあ…。仕方ないねえ自分のためにもなる(はず)だから。