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河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

老人談義と拝金病と自らのルーツと…。

久しぶりに母方のばあちゃんの家に行く。祖父は半年前に亡くなった。
 
ばあちゃんの話すことは近所のなんとかさんが亡くなったこと、老人ホームに入ったこと、その老人ホームにいくらお金がかかっていること…そんな事ばかりだ。
 
近所のおじいちゃんは人工透析を始めたから、年500万かかるからどうのこうのと言う話もあった。
 
ばあちゃんは「生きていくためにはお金が必要なのね、この世知辛い世の中」みたいなことを言っていたのが印象的だった。
 
ちなみにばあちゃんは聞いたところによると…。あの人は確か警察官の娘で、しかも父はそれなりの高位の警官だったらしい。弘明寺の官舎に住んでいて、山手の女学校に通っていたらしい。
 
横浜大空襲の後の日も弘明寺から焼跡を歩いて山手に行ったとか、その父が早く病気で亡くなったので…花月園競輪場で若いころ働いたとか、あの人の母は浦賀で海軍さんの料亭をやっていた品のいい人だったとか…まぁなんだ…当たり前だけど…そういう家族の歴史があるんだなあと思う。
 
しかしまぁ先祖(というかひいじいちゃん)が地位のある警官で、その末裔がこーゆー人間なんだと考えたとき、あーあと…父方の方もじいちゃんは学校の理系の教師だったらしいしなあ。
いやはや、そう考えると…血統なんざ意味ねーってか、競馬場のお馬さんくらいにしか役に立たねえ代物だなと実を持って感じますよ、僕は。
 
話を戻すと…。
生きていくためにはそれ相応のお金がいる。まして少子高齢化の時代はなおさらだ。
 
そして、ばあちゃん始め、ホームのお年寄りのみなさんもある程度…「若い人にすまないね」的な思いを抱いている。
 
こーゆーのは間違いで…本当はいくらお金がかかったとしても、人間は無条件で生きていけばいいんだと思う。その権利があると思う。
 
しかし現状、限られたお金の量と他の使い道を考えたときにお年寄りの当事者が「老い先短い私たちにこんなにお金を使って申し訳ない…」的なことを考えることは無理もない。
 
そして遺憾、極めて遺憾なれど…今の若者、現役世代の少なからずの人も…なんだかんだいって、相模原の事件を否定したとしてもなお…どこかにそういう感情を持っているのかもしれない。
 
だからこう「老害」とか「年金格差が―」とかそういう言説が世に溢れているのだと思う。全く、世知辛い話だ。
 
ただ一つ思うんだけど…。
多分ね、順調に行ったら、早死にせなんだ今は若い、我々はお年寄りになるし、お年寄りになったら…やっぱり俺らも「若い人申し訳ないねえ」と思うのかもしれない。
 
その時には今、夢中になって皆が言っておる、右翼だ、左翼だ、外国人だ、なんだかんだがーなんてそんなこと言ってられんだろうよ。
 
所詮、政治的な嗜好やら、主義やら、なんやらなど…若いころの、今のぜいたく品なのかも知れん。
 
年をとって自分の力で生きていくことも難しくなれば…そんな事後回しだ。
 
年を取らんとも…障害を負ったり、病気になったり、俺なんて気が弱いから少し指の先切ったくらいで…まぁ弱気になっちゃうと思う。
 
今のぜいたく品たる、政治の話やら嗜好やらで論争やら活動をたんまり今のうちにすべきか、或いは…年を取った時のためになるべく公正の人に迷惑をかけないような結意義な生き方(少しでも金貯めとくとか)を今のうちにすべきなのか…とか無駄なことを考えてしまう。
 
ああ…アホらしい。どこ行っても金カネカネカネカネ、金のことばかり。それも数億、数千万の話じゃねー…数十万円のそんな車を買うに満たない額で必死になっているのが俺やばあちゃんの人生で…。ああ、心底アホらしい。
 
おおむかしのお侍さんのように男子たるもの、国取りとか天下統一とか、でかいことやりたかったなあ。
 
というか、ダメもとでいまからやろうかなあ…。
 
もう、どうせ老いるのだから、今のうちに社会様やら、世間様にたんまり迷惑をかけてやろうかなあとも思うのだ。
 
俺に迷惑かけられた人は御愁傷様だ、俺だってよくよく考えたら訳のわからん迷惑やら、社会の上層*1の人に振り回されてるんやし、そのくらい「おあいこ」じゃねーかって気がする。
 
こんな空き家だらけの街で座して死を待つべきでなく、なんかこう、でかいことをやるんだ俺はと…思いつつ、とりあえず安く住める場を確保して半年以内に東京に出ようと思う。まぁ今日のところは眠るとしよう。はぁ。

*1: