河合つくし通信

取りまとめのないブログです…。一応細く長く続けていく予定。

組織とは、国家とは何か?

家族とか、学校とか、会社とか…もっと大きい括りならば宗教や民族や国民国家。要するに「組織」。

こゆのがなぜあるかと言うと…誰かを切り捨てるためなのだと思う。

極論だが「飢餓」が起きたとする。
10人に食わせるはずのご飯が8人分しかない…。
飢餓とはそういうモノだと思う。

じゃあ「食えない2人」をどうやって選ぶかって話なのだ。

その時、あいつは違う宗教だから、違う民族だから、違う国民だから、よそ者だから、過去の歴史上云々だから…。

と…要するに「見殺し」にするための方便として「組織、国家、宗教、民族」があるのだと思う。

勿論、見殺しにされた側は黙って死ぬわけにはいかないから…闘う。
これが戦争に発展したり、民族・宗教紛争になったりする。

特定の民族や宗教が悪いと言うことではない。
「モノがない」という構造が産む悲劇だ。

人間と言うのは一人では生きられないものだから、「組織」があるのは仕方ない。

ただ「組織」を造っている以上、我々は遂次誰かを見捨ていることを認識しなくてはならないと思う。これは性悪説と言える。

一般論だけれど、我々が出来ることは…8人を助けることに満足するのではなく、9人目を助けることを目指すこと。

100パーセントは無理なのだけれど…しかし最大限こう、努力なり、「組織」を広げてそこから落ちこぼれる人を減らさなくてはならないわけ。

俺はナショナリストではないので「自分の属しているいかなる組織」も完全だとも思わないし、他の人の属している「組織」と比べて、特別に優位(神に選ばれたとか)だとも思わないがな。

ただまぁ、ある種…このような「組織の負の部分」を知りつつ、それでも「組織」と言うか…自分を含むすべての人は「群れて」生きていかないと思う。